2015.9.2発行 vol.378
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■INDEX■

発行人の気まぐれコラム 4

◇ next・近代。脱・明治

その5 安保法制なんてとんでもない。
本心で安心・安全を言うならまず原発を再稼働させないこと!

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いきなりですが、私は天の啓示を信じます。と言うか信じるようになりました。3・11のあの大津波の映像を見てからです。私は、もちろんその直後、そして今でもあの圧倒的な映像を見るたびに、なぜか涙があふれます。直接には、誰か親族や知り合いに命にかかわる大きな被害があった訳ではないにもかかわらず、です。そこにまぎれもない「天の啓示」を見るからだと思うのです。その啓示は、その他にも世界的な異常気象にもはっきり表れています。

専門家と言われる人は、それを無関係なバラバラのものとして、やれ地殻変動期に入ったからとか、温暖化が問題だからCo2削減が必要などとコメントしますが、そんな個々の問題ではないと思います。

そこに人間の営み全体に対する警告、「天の啓示」を感じない人たちを、私は信じません。そんな人が何か決めたり、有識者などと言われて尊重されるなんてことは、あってはならないのです。

元首相の小泉氏は在任中、靖国神社参拝やテロ対策特別措置法、そして「郵政民営化」を小泉劇場に使ったりと、大変問題のある行動をしていました。けれども、3・11の啓示にさすがに鈍感ではいられなかったのでしょう。その後、フィンランドやドイツなどを視察して、総理大臣時代の原発推進の立場を「脱原発」へと180度大転換しました。私は、過去の行動はともかく、そのことは大いに評価します。小泉氏のもともとのシンパに脱原発の方向性を伝播させることができればより素晴らしいと思います。

私は3・11の後、自分の意思で、そしてさらに個人的な天の啓示とも言える少し大きな病いによって、ライフスタイル、ワーキングスタイルを大きく変えました。もちろん、それ以前からも考えていた方向性は変えなくてよかったのですが、スタイルを変える所までは行っていませんでした。そして、タイソウなこのコラムを書くことにもしました。微力でも、私のできることはしたいと思ったからです。そうしなければ居ても立ってもいられない思いもありました。

それともうひとつ、今まさに安保法制などというとんでもない法案を、60日ルールを使って、何が何でも成立させたいという、全く意味不明の政権の執念による愁嘆場が、参議院で展開しています。その法制がいかにナンセンスで、若い人や子供たちを中心にこの列島に住む私たち全員を不幸にするものかということ、そんなこと全然必要ないということを、一般に言われているのとはまた違った方向から語ってみたいという思いもあります。

またしても前置きが長くなってしまいました。スミマセン・・・
さて、ようやく本題です。
「私たちの住む列島や私たちの持ち味などをどう活かして、next・近代、脱・明治の社会像を描いていくかについて書いてみたいと思います。」というテーマの2ポイント目です。

[自然の力活用による、エネルギーの完全自給へ]

■原発の核兵器なみの危険性。

エネルギーの自給は、安全保障にとって、食料と同様に最も大きなポイントです。石油輸送のためにホルムズ海峡の防衛とかに行くなどという寝言は全く成立しなくなります。

だからと言って原発がいい訳ではもちろんありません。原発というものは、核兵器を落とさなくても、原発を攻撃すれば核兵器投下と同じかそれ以上の被害を与えられるものです。地震や噴火などによる自然活動の必然的なリスクという点でも、わざわざ置いておくのが、いかに危険かが明確なものです。
原発を推進しておいて「国民の安全と安心のため」の安保法案などという発言は、口が裂けても言える道理がないのです。

エネルギーをテーマとした時、議員や役人や一部の御用学者の常套句として持ち出される、石油を運ぶ時がどうとか、Co2の削減のためとか。日本には資源がないから原発なしでは経済が・・などという言葉があります。そんなことは、方向性を正しく示せば、少しずつ解決していけることだと思います。もちろん周到で緻密な計画と外交力は必須ですが。

■川内原発再稼働の愚。

急がないとますます後戻りしにくくなる。国立競技場と同じように。

原発は、今は稼働していないので、再稼働さえしなければ脱原発状況は継続できます。(と、この文章を書いている真っただ中で、本当に愚かなことに川内原発の再稼働がシュクシュクと実行されてしまいました。安保法制を無理矢理通そうとしているそのまっ最中にです。これ程、国民の安全なんかこれっぱかりも考えてもいないことを明確に示すものはないのではないでしょうか。)

自然エネルギーで全てをまかなうまでには、まだ多くの技術開発と施設や設備の用意、そして制度の大改変が必要ですが、方向性の転換、制度の整備、そして科学や技術開発の力点をその方向に大きくシフトすれば、私たちは、素晴らしいノウハウをもつことができるようになるはずです。
実際、原発などにかまけている間に、日本はドイツやデンマークなどに比べて自然エネルギー技術の面では、大きく水を開けられてしまっているようです。

けれども、実は太陽光発電については特に3・11以降、住宅などに地道に広がっていて、電化製品の省エネルギー化の地道な進捗とあいまって、先頃の猛暑でも原発ゼロで全然電力不足ということになっていないのです。

そんな地道な積み重ねでも効果があるのですから、原発再稼働全面停止、自然エネルギーの推進という方針さえ決めれば、長い歴史において培われた勤勉で工夫に満ちた私たちの能力が思い切り発揮され、素晴らしいノウハウを構築できるはずなのです。

■廃炉のノウハウ蓄積と実施経験も、必ず世界からも必要とされる。

原発の廃炉についても同じです。このノウハウと実績をどんどん高めていけば、特に売り込む必要もなく、世界にその技術力と実行力、経験を必要とされるでしょう。
はっきり言って、原発は最終処分場の見通しすら立たない「トイレのないマンション」と言われており、決定的に大欠陥システムです。けれどもすでに世界に蔓延してしまっています。その問題がごまかせないようになると、廃炉のニーズは世界的に高まってきます。そのノウハウは必ず必要とされるので、外貨はイヤでも入ってきます。マネー大信奉の勢力にとっても、反対する理由はないのです。

■当然ながら、自然エネルギー技術こそ、これからの世界にとって最も必要とされるもの。

そして脱原発になれば、自然エネルギー活用が必ず求められます。それまでに私たちは、全精力を傾けて自然エネルギー活用ノウハウ、技術開発を進めて、地球上どこよりも優れた方法を実現していけば、自分たちにとって安心・安全であるだけでなく、どの社会にとっても喉から手が出る程必要な技術になるはずです。
これほど強い立場はないでしょう。マネー大信奉の勢力にとっても、反対する理由は全くないはずです。

これからの私たちの方向性を考える時、「自然エネルギー」というテーマほど、「私たちの住む列島や私たちの持ち味などをどう活かして、next・近代、脱・明治の社会像を描いていくか」という課題に適したものはありません。このことにまともに異論を唱えられる専門家と言われる人などいるでしょうか。

その時、必ず出てくるのは「水素」は理想的なエネルギーではないかという主張でしょう。結論から言えば「水素」はバツです。

水素という物質は、自然界にはそれだけでは存在しません。水などの化合物の形でしか存在しないのです。そこから水素だけを取り出すには、エネルギーが必要なのです。さらに運搬時などに多くのロスが発生するので、水素を取り出すのに必要なエネルギー、たとえば太陽光や化石燃料で作った電力を水素づくりに使うなどというまどろっこしいことをしないで、そのまま使った方が、ずっと効率的ということになります。
ではなぜ「水素社会」などといかにもエコみたいなことを言い続けるのかと言えば、そこに、原発から膨大な熱が出るのでその熱を使えば水素が作れるということをいずれ主張しようという思惑があるように思えてなりません。つまり、原発の正当性を主張するための周到な地盤作り、洗脳、既成事実づくりとしか考えられないのです。
「水素」とは、電力と同じ二次エネルギーでしかないことを十分認識する必要があります。当然自然エネルギーで電力を作り、それで水素をつくるなんてことは、三次エネルギーを作るにすぎず、全く無意味ですし、「水素」をエネルギーとして使うために原発を残すなんてことも、全く本末転倒の詭弁なのです。

原発や米軍基地関連、そして安保法制なんか成立してしまったら軍事にかける膨大な費用で、ムダな大金を私たちの税金から湯水のように投入する代わりに、「自然エネルギー」、そして「食料の自給率アップ」に振り向ければ、他国の脅威におびえたり、他国の顔色をうかがったりして、こそこそ生きていかなくても、誇りとやりがいを持って全員が何らかその方向に力を発揮することができるのではないでしょうか。
太陽の力だけで走る自動車の普及版を作ることができれば、夢のようではありませんか。でもそれは決して無理な夢ではありません。目標をはっきり設定すれば、それに向かって総力を上げて努力し、工夫し、技術を開発することができる勤勉で知恵とチームワーク力に富んだ歴史的実績をもつ私たちなら、できます!!

そして、行き詰まりを見せている世界にひとつのモデルとして貢献できるのではないでしょうか。
私たちはこれからの未来に、夢が持てるのではないかと思うのです。

 

あまりに「夢物語」で「理想論」で、「非現実的」だと思う人がいるかもしれません。では、先の見えない危険きわまりない「原発」や、衰え著しいアメリカへの盲目的「追従」が、果たして現実的なのでしょうか。

「中国」はどうするんだ、と懸念する人がいるかもしれませんね。私も外交や防衛については、相当頭の痛い問題だと思っていました。けれどもある雑誌に掲載されていたコラムを読んで、フッと心が軽くなりました。

 

次号以降では、「私たちの住む列島や私たちの持ち味などをどう活かして、next・近代、脱・明治の社会像を描いていくか」というテーマのその他のポイントと共に、そのコラムの内容をお伝えしたいと思います。(このコラムのご紹介は、次号では無理かもしれません。何しろその他のポイントは、まだたくさん残っているので・・・)

みなさんのご意見、ご感想などお待ちしております。


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2015年9月2日 『きゃりあ・ぷれす』発行人 宮崎郁子

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