1998.10.14発行 vol.13
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・経済白書から女性の雇用を考える

・世界恐慌の引き金となるか、米ヘッジファンドの破たんを考える

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●コラム
 〜98年雇用情勢の分析
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平成10年度「年次経済報告」、いわゆる「経済白書」がこの夏、経済企画庁
から発表された。白書は、
「第1章 景気停滞が長引く日本経済」
「第2章 成長力回復のための構造改革」
「第3章 各種構造改革下の経済政策」
から成っている。今回は、その第1章第6節「厳しさを増す雇用情勢」をもと
に、残り2ヵ月半となった98年の雇用情勢を分析してみたい。

この不況は「デフレ・スパイラル」(物価下落が企業収益を引き下げて経済
活動が慎重化し、それがさらに需要を悪化させるという、物価下落と実体経
済の縮小が相互作用的に進む状況)とか「失業スパイラル」と呼ばれている
が、25年前の第一次石油危機時における雇用状況とどう異なるのだろうか。

たとえば25年前は女子雇用者が減少し、男子は増加したといわれるが、今回
の不況では逆に男子が減少、女子が増加という動きを示しているのが特徴だ
(ただし、女子の増加の大部分は非正規労働者)。
その背景には、正規労働者とパートタイマーの賃金格差があげられる。別記
「経済白書」要約でも、パートタイマーと一般労働者(男女)の人件費を比
べた場合、約58%だという数字がはじき出されているが、「男女」ではなく
男子一般労働者と比べてみると、約33%というデータもある。
時間給で換算すると男子社員一人の給与で女子パートが3人雇えるというこ
とだ(ちなみに海外の場合、その比率は70%程度)。仕事の難易度や経験度、
拘束の度合い、責任の重さなど、いちがいに比較できないものの、企業がパ
ートタイマーへの切り替えを急ぐ心理は当然といえる。

もう一つの特徴は「非労働者数」(15歳以上で働く意志・能力のない者の
こと。病弱者や学生、専業主婦、就職をあきらめた人など)の差である。
25年前の不況と今回の不況、その「1年間の失業者増加数」は、ほぼ同じで
あるにもかかわらず、第一次石油危機時の「失業率」は1.9%だが、 今回は
4.3%(8月時点)。この差は「非労働者数」の大きさの影響だ。
つまり第一次石油危機時は「就職をあきらめた人」が増加したため、失業率
は低い水準に保たれたと考えられる。
しかし今回は、「非労働者数」が第一次石油危機時の半分以下となったのが
大きく影響し、失業率も倍に跳ね上がった。つまり今回の過去最悪の失業率
の上昇には、働くことをあきらめない人の増加が大きな要因となっている。

これには、女性の労働市場に対する参加意識の高まりや、夫の所得低下を補
うべく仕事を求める人が増加した、などの影響が考えられると思う。が、後
者に関していえば、それによって企業は労働賃金の安い女子パートタイマー
を雇用し、男子の雇用を削ることになる。しかも、パートタイマーの需要増
加以上に供給増加となるため、結果、ますます夫の所得減、という悪循環に
なるのではないだろうか。

最後に、10月2日に総務庁から発表されたデータを以下に掲載する。
記事には「雇用の情勢がけっぷち」「雇用の不安定化の流れは強まるばかり」
などという、目にしただけでも気分が滅入ってしまう言葉がならび、それを
裏付けするかのような数字のオンパレードだ。
また、先日「金融再生関連法案」が成立したが、これを契機に金融業界のリ
ストラが本格化し、失業者増加のテンポが加速されるだろう見る向きもある。
「98年度以降は過去最大の経済対策を背景に企業の景況感が回復し、生産が
増加する可能性が高いことを考えれば、本格的な雇用調整局面入りは回避さ
れるものと予想される」----「経済白書」での経済企画庁の見解には、今年
の展望についてこう書かれている。この政府の予想と下のデータのギャップ
は、あまりにも大きい。

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<付録>
●98年8月の労働力調査  
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◆完全失業率   <男性> 4.4%
         <女性> 4.3%
        (男女平均は4.3% 1953年以降の最悪記録更新)

◆有効求人倍率  0.50倍

◆完全失業者   297万人(前年同月比 +66万人)
         うち非自発的離職による失業者 91万人
        (前年同月比 +37万人/過去最多)
         就職浪人(学卒未就職者)   15万人

◆世帯主の失業率 3.2%(過去最高)

◆年齢別失業率  <男性> 60〜64歳   10.9%
              15〜24歳   8.5%
              25〜34歳   4.4%
           <女性> 25〜34歳   7.0%

◆就業者数         6546万人
             (前年同月比 −44万人 7カ月連続減少)
◆全就業者のうち雇用者数  5359万人
             (前年同月比 −18万人 7カ月連続減少)


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●コラム
 〜世界恐慌の引き金となるか、
  米ヘッジファンドの破たんを考える
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世界経済の最後の砦として、好調を保っていたアメリカ経済にも危険信号が
点滅しはじめた。その象徴的な出来事が、大手ヘッジファンド・LTCMの
経営危機である。アメリカの金融当局が大慌てで仲介役となって、大手金融
機関による救済策が決定されたが、もし破たんしていれば、ほかの金融機関
に大きな被害が出るところだった。なにしろ、8月末時点のLTCMの取引
契約額は1兆2500億ドル(約170兆円=日本の国家予算の2年分に相当)とい
うもの。ヘッジファンドが行なっていることは、富裕な投資家のマネーゲー
ムなのだが、それにとどまらず、そこには他の金融機関からの多大な融資が
からんでいた。

日本のバブルや金融不安が、不動産や株に対する信じられないくらい過剰な
信頼=神話に踊らされたものなら、こちらは2人のノーベル賞経済学者など
経営に当たるスーパーエリートの頭脳とロケット工学をそのまま金融テクノ
ロジーに応用したというコンピューター手法に対する、過剰な信用=神話の
破たんと言えるのではないだろうか。
アメリカの能力主義、実力主義とはこんなものだったのか。アメリカの誇る
頭脳は、かくも浅はかなものだったのかと、驚きを禁じ得ない。
それは経営が破たんしたことに対する驚きではなく、卓越していると評価さ
れた経済学者が、この世界恐慌の淵に立たされている社会をまったく顧みる
ことなく、そんなマネーゲームにうつつを抜かし私利私欲に走っていたのか、
という驚きである。
これを契機に、好調だったニューヨーク市場の株価とドルは大きく下げた。

天井知らずの株価や良好な雇用環境に支えられて、自信にあふれていた米国
民の消費意欲は急速に落ち込みつつあるようだ。
世界経済は、世界同時デフレへと進行しつつあるように見える。それは、19
20〜30年代の大恐慌前の様相に似ていると言われる。結局のところ、この時
の大恐慌は第二次世界大戦という大破壊によって終結することになるのだが、
もちろん今この解決策を望んでいる人はいないだろう(・・・と信じたい)。
浅はかな知識や能力への過信ではなく、今こそ人間の「叡智」が試されてい
る時といえるのではないだろうか。

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●参考文献 1
 「経済白書」第1章第6節
 きゃりあ・ぷれす要約版
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1. 厳しさを増す雇用情勢
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◆雇用の減少と失業の増加
バブル崩壊後長引いた雇用調節もリストラ等の進展により、96年後半にはほ
ぼ終了したものの、97年後半からの生産の弱含みや景況感の悪化を背景に雇
用情勢は次第に厳しさを増していくこととなった。
雇用状況のバロメーターである<新規求人数>と<有効求人倍率>は、景況
感が悪化した97年10〜12月以降、減少に転じている。
産業別に見ると、以前から低調だった「製造業」「卸売業・小売業、飲食店」
のほか、これまで求人数増加に貢献してきた「サービス業」も98年以降には
減少に転じるなど、全ての主要産業で新規の求人数が減少している。同様に
これまで増加を続けてきた<雇用者数>も鈍化・減少の傾向に転じている。

一方<労働力率>は98年2月までほぼ横ばいで推移し、以降は前年を下回って
いるものの、内訳では女子労働力率がやや上向きと特徴的である。
▼男女別の労働力率の違い
1.男子労働力率・・・97年以降前年を下回り続けている。
2.女子労働力率・・・98年1〜3月も、97年程ではないがやや前年を上回って
いる。

◆完全失業率と非自発的理由による失業の増加
このように雇用需要が減退するなかで<完全失業率>は、最低記録を更新し
ている。月別の完全失業率推移は以下のとおり(5月以降、編集部補足)。
・98年2月 3.6%
・98年3月 3.9%
・98年4月 4.1%
・98年5月 4.1%
・98年6月 4.3%
・98年7月 4.1%
・98年8月 4.3%

年齢別・性別に見ると、男女の若年層と男性の高年齢層が引き続き高い水準
にある。また求職理由別に見ると、「自発的離職」による失業が増加を続け
る一方で、企業倒産やリストラを背景とした「非自発的理由」による失業も
97年10月以降増加している。

◆予測:本格的な雇用調整は回避できる?!
以上のように、生産の減少や97年秋以降の景況感の急速な悪化により、労働
力需要が低下して、求人数・雇用者数が減少。完全失業率も最低記録を更新
するなど、雇用情勢はさらに厳しさを増している。今後企業のリストラがさ
らに進展し、雇用に影響をおよぼす可能性もある。しかし、雇用情勢の厳し
さが増した主因は生産の減少や景況感の悪化にあり、98年度以降は過去最大
の経済対策を背景に企業の景況感が回復し、生産が増加する可能性が高いこ
とを考えれば、本格的な雇用調整局面入りは回避されるものと予想される。

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2. 雇用を下支えするサービス雇用と
 パートタイム労働
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◆雇用者の産業間移動の必要性
前述のように<雇用者数>の動向は、従来大きな比率を占めいていた「製造
業」「建設業」において減少しているが、「サービス業」(専門サービス、
医療業、社会保険・社会福祉、情報サービス・調査業、広告業など)におい
ては鈍化しながらも、引き続き増加を続けている。これらの産業は、今後情
報化や人口高齢化が進むなかで、さらに雇用が期待できる分野である。

今後「雇用者の産業間移動」が、中長期間にわたって発生すると予想される
が、その経過において失業期間を長期化させず、すみやかな産業間移動の実
現が求められる。
そのため、政策的に職業的能力開発機会の提供や労働市場の需給調整機能を
一層高めるとともに、労働者側が他業種でも通用するなんらかの技術や知識
の習得に努めることが重要である。

◆パートタイム労働者の増加
<常用雇用者数>の前年比について見てみると、「一般労働者」に比べ「パ
ートタイム労働者」の寄与が大きく、「パートタイム労働者」が<常用雇用
者数>の伸びを支えている。
パートタイム労働者の増加の背景には、以下の理由が考えられる。
・労働者側・・・世帯主失業の増加や収入の減少に対する生活防衛意識の現
れ・雇用者側・・・パートタイマーなど時間労働者への強い需要
        雇用理由(複数回答)
        ・人件費が割安だから(38.3%)
        ・1日の忙しい時間帯に対処するため(37.3%)
        ・業務が増加したから(29.8%)
パートタイム労働者の増加は、企業が景気変動に応じた労働投入調節の手段
としてのみならず、厳しい経営環境における人件費削減の手段として、ある
いは仕事量によって労働力を調節できる雇用形態としてパートタイム労働者
を重視する姿勢が示唆される。
※ちなみにパートタイムの賃金は、一般労働者の賃金の約58%。社会補償費
などを含めた人件費で比べると、一般労働者のおよそ半分である。

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3. 伸び鈍る賃金
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◆賃金の動向
97年の<現金支給総額>(給与・時間外手当・賞与などの合計)は、前年比
1.6%増と96年の伸び率を上回ったものの、 景気停滞にともなう所定労働時
間の減少や企業収益の減少により、97年10〜12月以降伸びが鈍化。98年1〜3
月には前年比減少に転じた。「所定内給与」は引き続き増加しているものの、
残業代などの「所定外給与」は大幅に低下。賞与が高い比率を占める「特別
給与」も企業収益が減少するなかで実施の見送りや伸び率の低下により、全
体的には0.1%減と昨年を下回った。

賃金は労働力需給、消費者物価のほか、企業の収益性の影響も受ける。企業
収益がさらに低下した場合には、今後<現金給与総額>の伸び率が、さらに
低下することも予想される。

*この要約版は、読みやすさのため、第1四半期を1〜3月、
第2四半期を4〜6月、第3四半期を7〜9月、第4四半期を
10〜12月と、一部「白書」表記を言い替えています。

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●参考文献 2
 世界規模の金融崩壊防げ
 〜米投資会社の危機 
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巨額の資金を集めて各国の債権などで運用していた米国のヘッジファンドと
呼ばれる投資会社が巨額の損失を出し、世界的な金融不安を一気に高めた。
米国の金融当局の肝入りで救済計画が決まったものの、グローバル化した金
融の崩壊をどう防ぐかというシステムづくりが、今後世界の重要な課題とな
るだろう。

米国のヘッジファンド、ロングターム・キャピタル・マネジメント(LTC
M)は、連邦準備制度理事会(FRB)の元副議長や、2人のノーベル賞学
者を抱え、最先端の金融技術を駆使する洗練された投資会社とされてきた。
しかし今回の一件により、金融市場をもてあそぶ「ハイテクギャンブラー」
の集団にすぎないことが明らかになった(※ヘッジファンドは巨額の資金と
ハイテクを利用してここ数年世界を席巻、他国の金融システムを破壊したり、
投機的な投資手法によって市場を混乱させてきた側面を持つ)。

LTCMはこれまで高い利率で運用されてきたが、ロシア通貨切り下げなど
の影響により、年初の純資産額48億ドルが8月だけで44%減少。8月末には23
億ドルになり、9月下旬には6億ドルにまで落ち込んだ。8月末時点で、借入
金などにより時価1250億ドルの証券を保有し、取引契約額は1兆2500億ドル
(170兆円)にのぼったと見られ、もし破たんして資産処分に踏み切ることに
なれば、ほかの金融機関に大きな被害が出るおそれがあった。

※ヘッジファンドとは?
富裕層から資金を集め、高度な金融技術を駆使して運用するグループのこと。
もともと、リスク回避(ヘッジ)のために、デリバティブ(金融派生商品)
を多用したことからこの名前がついたとされる。しかし現在は、巨額の利益
を得るため、投機的な投資方法を中心にすえることが多い。