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オーガニックフードの未来

 消費者の食の安全性に対する不安や健康意識の高まりを背景に、世界的に成長する有機食品市場。その最新動向が分かる「BIOFACH」が2月19日から4日間、ドイツ南部の都市ニュルンベルクで開かれた。

 今年は世界67ヶ国約1900の企業・団体が出展。会場では通常の食料品並みに品数が多様化した有機食品がずらりと並び、有機食品市場の明るい将来を予感させる市場予測や有機食品と健康との因果関係を示唆する最新調査が報告された。

 一方、今夏にも予想される欧州連合(EU)による遺伝子組み換え(GM)食品の栽培・販売解禁が近づく中、関係者の間からは欧州の有機農業、ひいては有機食品市場が成り立たなくなる可能性を懸念する声も聞かれ、成長が続く有機食品市場の将来もばら色とはいかない現実が垣間見えた。

◆欧州は一服、成長は米、日本にシフト

 シンポジウムで公表された最新統計によると、有機認証を受けた農地は世界で2300万ヘクタール(1995年比で45%増)、2002年の有機食品市場は前年比10.1%増の230億ドル(約2兆5300万円)に達し、有機農業と有機食品市場が世界的規模で拡大し続けていることが改めて確認された。正確な統計は存在しないものの、世界の食品市場に占める有機食品の割合は1%程度になったとの試算もある。

 有機食品市場の分析を担当した英オーガニックモニター(本社ロンドン)によると、90年代を通じてEUレベルでの有機農業支援が行われてきた欧州では、乳製品や肉類など一部の品目で供給過剰が起きているという。そこに、通常の食品同様に安売りをうたい文句とする有機食品専門のディスカウントスーパーの登場と不況の影響が重なり、90年代には年15%台を誇った成長率は7.8%に鈍化した。逆に、米国や日本を中心とした北米・アジア市場では、10%を超える成長が続いている。

 同社によると、02年の米国の市場規模は110億ドルとなり、今や米国は有機食品の老舗的な存在であるEU諸国を上回る世界最大の有機食品市場に成長した。セブンイレブンが米国内の店舗でオーガニックスナック菓子の取り扱いを始めたほか、デルタ航空が傘下の格安航空会社で機内食の一部に有機食品メニューを導入するなど、あらゆる業種の大手企業が自らのビジネスにオーガニックの要素を取り入れることがある種のブームとなっている感がある。

 アジア市場も伸びている。02年の市場規模は前年比15%増の4億ドルで、うち9割近くが日本市場だ。日本は有機食品の生産、加工では米国やEU諸国に遠く及ばないものの、消費市場としてはスイスやオーストリアといった歴史的な有機農業国並みになっている。

 オーガニックモニターは、03年の世界の有機食品市場が前年比約8%増となると予想。その上で、有機食品市場の世界的成長傾向が今後もしばらく続くと分析している。

◆有機食品はやはり健康にいい?

 農薬や化学肥料を使わず、GM技術とは一線を画して生産される有機農産物は、通常の栽培方法で生産されるものよりも割高なことで知られる。EU内での有機食品と通常の食品の平均価格差を見てみると、価格差の少ない赤ワインで31%高、最も価格差のある鶏肉では113%高に達している(いずれも2000年時点)。

 このため関係者の間では、消費者が高い金額を払うに見合うよう、有機食品の栄養価や健康への影響について調査を進め、有機食品の利点をもっと積極的にPRすべきとの議論がある。こうしたことを意識してか、シンポジウムでは有機食品が通常の食品よりも栄養価・健康への影響という点で優れていることを示唆する研究成果が出始めている現状が紹介され、関係者の関心を集めた。

 まず栄養価の点では、一部の有機食品が通常の食品よりも高い栄養価を含んでいることが複数の調査で明らかになっている。

 フランス政府系研究機関afssaは昨年夏、1980年以降に欧州各国の政府系や民間研究機関によって実施された約300の栄養価比較調査を検証した結果を公表した。それによると、一部の野菜やジャガイモでは有機のほうがビタミンCの含有量が多かったほか、一部の野菜や果物、ワイン、オリーブ油では、抗酸化物質のポリフェノールが多く含まれていることが確認された。また、高濃度の摂取による健康への悪影響が指摘される硝酸塩の含有量は、有機野菜のほうが少ないことも分かった。ドイツ消費者保護・食糧・農業省傘下の研究機関も昨年公表したリポートの中で、同様の傾向を確認したとしている。

 次に、人間の健康への影響という点では最近、注目すべき調査結果が発表された。

 ドイツのバイオダイナミック農業協会(本部ダルムシュタット)が2002年秋、独国内の修道院に住む修道女とその周辺で働く男女計31人に、8週間にわたって通常の食品とバイオダイナミック農法(農作業を天体の動きと調和させながら行う有機農業の一種)の食品を食べ分けてもらい、健康状態と精神状態がどのように変化するか調査した。その結果、バイオダイナミック食品を食べた期間は調査対象者が体調不良を訴えるケースが減るとともに、通常の食品を食べていた期間に比べて体内の抵抗力が大幅に高まったことが血液検査のデータから明らかになった。また、調査期間を通じて実施された記憶力テストでは、バイオダイナミック食品を食べた期間でテストの正答率が上昇した。バイオダイナミック農法を実践する農家の世界的組織であるデメター(同)は、今回の調査結果を「有機食品の健康への好影響が明確に示された点で画期的だ」と評価している。

 有機食品と健康との関係では、さらに大規模な調査が行われている。オランダのマーストリヒト大学と民間研究機関ルイスボルク・インスティテュート(本部ドリーベルヘン)などは、2500組の母親と新生児を対象とした健康影響調査を05年までの予定で続けている。この調査の最大の注目点は、通常食品を買って食べる普通のライフスタイルを取る2000組の母子と、日ごろから有機食品を買って食べ、天然素材の衣服を着るなどいわゆるオルタナティブなライフスタイルを選んだ母子500組との間でどのような健康上の差異が出るか、ということだ。また、EUレベルでも04年末まで子どもを対象とした類似の調査が進められている。有機食品の信頼性向上と市場の拡大に貢献しようと、官民あげて科学的な調査が行なわれている欧州の現状は、私たちも見習うべき点だろう。

◆GM解禁間近で業界に危機感

 一方、EUレベルでのGM解禁が近づき、成長が続く有機食品市場にも影を落としつつある。

 ドイツでは、EUのGM解禁に備える国内法として「遺伝子技術法案」(仮称)が閣議決定され、今夏の施行を目指して準備が進められている。政府は、栽培方法や栽培地表示の義務化によって「農家と消費者の選択の自由を確保できる」(キュナスト消費者保護・食糧・農業相)とし、同法案がGM農業を奨励するものではないと主張している。しかし、同法案には問題点が多い。例えば、法案はGM農業の畑と有機農業の畑には一定の間隔を空け、GM農家には畑周辺でのフェンスの設置を義務付けているが、有機農家が危惧するGM種子や花粉の飛散による“農地汚染”を防ぐにはいかにも心もとない。また、有機農業の畑を自然保護区付近に集めることなども検討されているが、移転費用を誰が負担するかが明確でない以上、非現実的と言わざるを得ない。

 そして最大の問題点は、汚染の立証責任を有機農家側に負わせた点だ。これについて、旧東ドイツ地域の有機農家を中心に構成するGaea(本部ドレスデン)の担当者は「汚染の有無を常に監視するのはあまりにもコストが高く、(GM解禁は)小農家の多いわれわれのような団体の存亡に関わる」と危機感をあらわにしていた。

 仮に生産段階で汚染を防げたとしても、加工や流通の段階でGM食品と有機食品が混ざってしまう可能性も考慮されなければならないが、この点に関する予防策も法案には盛り込まれていない。しかし、有機食品への“GM混入”は現に起きている。

 英グラモーガン大学がこのほど英国内で販売されている25の大豆製品を調査したところ、約40%の10製品にGM大豆が含まれていた。この中には、有機農業認証を受けた大豆粉からGM大豆成分が検出されたケースもあった。こうした事例は有機農業の信頼性に関わるだけに、GMが解禁されれば、有機農業、ひいては有機食品市場そのものが成り立たなくなる可能性があるとして、関係者を不安に陥れている。

◆欧州の有機農業に転機

 EUは、域内で有機農業を推進するための具体策を盛り込んだ「有機農業アクションプラン」を5月中にも決定する。アクションプランの最大の焦点はやはり、GMと有機との“共存”をどう位置付けるかという問題だ。

 これに関連してEUは、有機農業以外も含めたGM技術を使わない農業において、種子や製品中に含まれるGM成分の許容上限を種子段階で0.3−0.7%、最終製品段階で0.9%に設定するよう提案。これによって、GMとの“共存”を保障しようとしている。しかし、「そもそもGMとの共存など不可能」とする環境・有機農業団体などは、同上限をあくまで0.1%に抑えるともに、EUとして在来種子の保存に向けた何らかの対策を講じるようロビー活動を続けている。

 BIOFACHでもアクションプランに関するシンポジウムが開かれたが、「GM農業と有機農業の共存を目指す」とするEU側の説明に対し、出席者からは「GM種子を使わないよう農家を指導することもプランに盛り込むべきだ」といった厳しい対応を求める意見が出た。“共存”をめぐる攻防は決着の見通しが立たない状態だ。

 90年代を通じて有機食品市場をリードしてきた欧州の有機農業と有機食品業界は、GMとの“共存”という難題を前に重大な転機を迎えつつある。(2004年4月掲載)

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