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“ワークシェアリング王国”オランダの悩み

 一人当たりの労働時間を減らして仕事を分け合うことで雇用確保を目指す「ワークシェアリング」。長引く景気低迷の影響で失業率が過去最悪の水準に高留まる中、企業側に根強く残る雇用過剰感を払拭しながら失業率も押し下げられる切り札として、日本でも企業や自治体の一部で実際にワークシェアリングを導入する動きが広がっている。

 その時に決まってお手本として取り上げられるのが、 正社員と同じ待遇の短時間勤務労働者を増やすことで“ワークシェアリング王国”を作り上げたオランダ。しかしここにきて、ワークシェアリングが浸透したがゆえに生じた形の弊害にも悩まされ始めている。

 1980年前半、手厚い福祉政策による財政赤字の拡大と二ケタ台の高失業率に苦しんでいたオランダでは、賃上げ抑制をうたった83年の政労使合意(ワッセナー合意)をきっかけに、既に存在していた失業時の所得保障の上に、正社員との均等待遇を実現する形で短時間勤務労働者の増加を図った。

 雇用形態の柔軟化(フレキシビリティー)を多様な社会保障(セキュリティー)で下支えする政策は「フレスキュリティー」とも呼ばれ、女性の労働市場への進出を促しつつ、育児や介護をはじめとする家事と仕事を両立しながら極端な収入減につながらないワークシェアリングという働き方を浸透させるのに貢献した。

 この結果、83年には11.3%あった完全失業率は、2001年には2.3%にまで低下。94−98年の年間平均成長率(3.2%)は、欧州連合(EU)加盟国平均(2.5%)を上回った。しかし最近、失業率低下と経済成長を同時に成し遂げた「オランダモデル」にほころびを生じさせかねない事態が表面化している。

 その一つとして挙げられるのが、短時間勤務労働者の増加で職場に対しての帰属意識が希薄化したことだ。アムステルダム大学のカレル・ウォルフレン教授によると、授業休講や手術待ちの頻発で、特に教育や医療現場で深刻な影響が出ていると考える人々が多いという。
 また、例えば週4日勤務などの柔軟な労働形態の中で休日を捻出するため、フルタイム勤務の頃より勤務がむしろ長時間化する傾向も見受けられる。ストレスによる燃え尽き症候群で仕事に支障が生じたり、場合によっては退職に追い込まれる人も増えているという。

 こうした労働環境の変化は、失職時などに対応した所得保障制度である就労不能手当の支給者を急増させ、財政を圧迫し始めている。同手当は、就職後に身体的、心理的障害から労働能力が15%以上低下したとする医師の判断があれば受給対象となり、就労不能度が80%以上の場合は直前3年間の平均給与の70%までもが支給される。

 しかし、受給者は今や100万人近くに達し、新規受給者も毎年10万人に上る見通しであることから、支給要件を厳格化する方向で議論が進んでいる。新規受給者の約半数が燃え尽き症候群によるものともされ、同手当の創設を要求した労働組合側からも「失業率低下の対価としては余りに大きく、失敗だった」(オランダ労働組合連合のコルク書記長)と反省する声が聞かれる。

 東京学芸大学の久場嬉子教授は、オランダのワークシェアリングを「子育てや介護といった家事労働を、両親(男女)による分担と、公的サービスと民間からなる外部委託との組み合わせで行うと明確に方向付けた点が画期的」と評価する。

 ただ、女性の短時間勤務労働者は70%近くになったのに対して、男性は10%程度にとどまったままで、男性の仕事の仕方を変化させつつ家事労働を男女が均等に担う“生活革命”の実現はまだ道半ばだ。

 今年3月、日本では政府と日経連、連合がワークシェアリングに関して当面の厳しい雇用情勢に対応する「緊急対応型」と中長期的にさまざまな働き方を促す「多様就業型」に分けて取り組むべき課題を挙げ、国全体でワークシェアリングを推進する姿勢を明確に打ち出した。

 ただ、ワークシェアリング実施企業に対する政府の財政支援が緊急避難型に限定されたことからも分かるように、賃金コストの削減を図りたい企業と目先の雇用を守りたい労組の熱意はどうも緊急避難型に傾きがち。この点、ウォルフレン教授も「オランダでは、ワークシェアリングを実施したことで長期的に見れば賃金コストは上昇した。男性中心の社会経済システムを改革しようとするためにワークシェアリングを導入するのであれば議論の余地はあるが、企業の賃金コスト削減のためであればお勧めしない」と警告する。

 オランダ労組のコルク書記長は、日本でのワークシェアリング成功のカギは▼時短と柔軟で多様な労働形態の実現▼正社員と同等の保障に基づくパートタイムの奨励−にあると説く。

 少子高齢化が進行する中で、就労の多様化によって働き手を増やそうとする努力がかつてないほど求められている今、日本はオランダの教訓に学びながら多様就労型の確立に向けた取り組みを早急に進めるべきだろう。その際、女性が圧倒的に多いパート労働者の賃金が男性中心の正社員のほぼ半分という著しい賃金格差の是正や、失業と低賃金をカバーする社会保障の拡大が同時に行われているかを常に注視する必要がありそうだ。(2002年7月掲載)

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