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世界で広がる市民メディア

 埼玉県桶川市の女子高生ストーカー殺人事件での県警の怠慢捜査を暴くなど、調査報道に定評のあったテレビ朝日のニュース番組「ザ・スクープ」の打ち切りが決まった際に広がった番組存続を求める視聴者の様々な動きは、地道で良質な報道が埋没しがちな大手メディアの姿勢に日本の視聴者が初めて本格的にノーという意思を示したという点で、注目すべき出来事だったと言えるだろう。

 では、自分にとって重要なニュースなら、既存メディアで流されるのを待たずに自分で報道してみないか−。市民によるメディア参加と番組制作(パブリック・アクセス 以下PA)の原点はまさにここにある。PAは日本では制度上保障されていないせいかあまり知られていないが、世界に目を移せば放送機器や技術に精通した一部の人々の特殊な行為では決してないことが理解できる。

◆同時テロからメディア批判−米国

 昨年9月の米同時テロ発生から約10日後、ニューヨーク市のビデオ制作市民団体「ペーパータイガー」のメンバーらは同市内のPA専門テレビ局のスタジオを借り、報復戦争擁護に傾くマスメディアを批判する番組「悲劇が戦争に変わる(Turning the Tragedy Into War)」を制作した。

 番組放映後、同団体には脅迫電話が寄せられたが、グループの存在を知って新たに加わりたいと申し出る人々が相次ぐなどプラスの反応が多かったという。PA団体の全米組織「コミュニティー・メディア連合(ACM)」によると、全米100万人以上の手によって毎週2万時間分のPA番組が制作されているという。これは、主要ネットワークの番組制作時間の合計を上回る時間だ。

 米国では、全国のケーブルテレビ(CATV)局に対して営業エリア内で市民製作番組チャンネルの設置を義務付けており、現在ではインターネットも含めて多彩なPAが展開されている。

◆海賊放送が市民権得る−欧州

 欧州大陸では、公共放送が主流だった現状に飽き足らない市民から生まれた海賊放送的な試みが、次第に市民権を得て広がりを見せている。

 PA先進地の1つ、オランダ・アムステルダムの「アムステルダム圏域放送協会(SALTO)」は、1985年の発足当初から一定料金を徴収して市民団体制作番組を放送する仕組みを取ってきた。これをきっかけに、これまで海賊放送で番組を流していた市民団体は、SALTOを通して広く番組を放映できるようになった。

 フランスでは、1990年代を通してPAの市民団体によって放送免許交付を求めたデモや無許可放送などがさかんに行われた末、2000年の放送法改正でこれまで株式会社にのみ認めてきたテレビ放送免許がアソシアシオン(非営利市民団体)にも認められるようになった。

 英国では、公共放送(BBC)が市民制作の番組を扱うコミュニティー番組部を設ける形でPA番組が放送されている。難病を患った我が子の臨終の様子を母親が撮影したシーンが放映された際は、全国で大きな反響を呼んだそうだ。

 こうした地域では、政府やメディアがPAを保障する制度や放送の仕組みを創設しているのと並行して、NPOや自治体が中心となってPAを担う人材育成もさかんに行われている。

◆韓国、台湾にもPAの波

 PAは何も欧米に限ったことではない。お隣の韓国では、2000年の放送法改正で韓国放送公社(KBS)に視聴者制作番組を月100分以上放送することを義務付けた規定が設けられた。これを受けて、KBSは「開かれたチャンネル」という番組を市民制作枠として提供し始め、これまでに女性団体や労働団体などがそれぞれのテーマで製作した番組が放映された。また、台湾では商業メディアの低俗化と特定の政治勢力との癒着などに対する反発を背景に98年に公共放送が設立され、そこで市民製作番組や市民による討論番組が一定時間放映されている。

 いずれの場合も、番組の知名度の低さや放送局側のPR不足などの問題を抱えるものの、メディアの市民参加に道が開かれた点は評価すべきだろう。

◆日本でも地方からPAの息吹

 日本でも、「住民ディレクター」製作の番組を放映するようになった熊本朝日放送など、東京偏重の情報で彩られた番組のみが残ることに危機感を抱く地方からPAが芽吹き始めている。そこに共通するのは、小さくても大きな共感を呼ぶ重要な声を「公益」と認識して世の中に投げかける姿勢だろう。

 PAは、商業メディアがどこよりも膨張した米国と、国営メディアへの反発からメディアの商業主義化が急速に進んだ欧州の双方で生まれた。日本の既存メディアは私たちの「公益」に敏感だろうか。そもそも私たちにとっての「公益」とは何だろうか。情報の受け手だった市民も送り手にもなることによって初めて、デジタル化が情報の画一化と情報産業の合従連衡をもたらすだけの「情報産業社会」ではなく、多様な情報が行き交う豊かな「情報市民社会」が可能になるはずだ。(2002年12月掲載)

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