◎ 地域経済に根ざした起業支援「ピアレンディング」◎
=カナダ・バンシティ ジョンソン副理事長インタビュー=
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 カナダ最大の信用組合、バンシティ信用組合(本店バンクーバー 組合員28万人)は、少人数にグループ化した起業家に対して少額の無担保融資などを通じて支援するピアレンディングプログラム(PLP)で成果を上げている。

事業計画よりも信用履歴を優先しがちな従来型の融資とは異なるユニークな手法は、日本経済停滞の一因ともされる起業の伸び悩みを打破するカギや、地域金融機関がメガバンクとは一線を画した独自性を発揮して生き残るためのヒントが隠されている。同行のジョンソン副理事長にPLPの仕組みや導入の背景などについて聞いた。
 
 ◇起業家にとっての出発の場

 −PLPを始めた経緯は
 1992年にPLPに取り組んでいたあるNPO(非営利団体)に融資したことがそもそもの始まりだった。しかし、PLPこそ銀行自身が学ばなければならないと考え、97年から本体サービスとして正式に始めた。

 バンクーバーでは中小企業や自営で働く人々が徐々に増えており、バンクーバーのあるブリティッシュ・コロンビア州全体では、就業人口の98%が中小企業の従業員か自営業者として働いている。中小企業や個人に対する支援の必要性が増していたのに実際の支援が不足していたからこそ、PLPが伸びたのだろう。地域が変化すればわれわれのビジネスも変化すべきで、PLPはバンシティにとって地域に協力する自然な手法として生まれた。

 −PLPではどのような流れで融資が行われるのか
 まず4−7人の起業家をグループ化し、それぞれに1000−5000カナダドル(1CD=約82円、8万2000円−41万円)をプライムレート+3%の利率で3ヶ月から1年間貸し出す。メンバーは、相互に事業計画を評価し合った上で連帯保証人となる。

その後、メンバー同士で事業の進捗状況を確認し合ったり、経営指導や各種セミナーを一緒に受講できる機会を銀行側が毎月1回提供する。貸し出し上限額を期間内に完済した人は、グループから独立して通常の中小企業向け融資プログラムに移行する。

 貸出金利は通常融資よりも1%高いが、カナダではこの種のローンにプライムレートの2−3倍の利率を課す金融機関もある。さらに、融資額の7%を管理料として徴収する。日本ではなじみのないシステムかもしれないが、これで色々なセミナーの開設費用をまかなうことができる。管理料が支払えない場合でも、登録料をローンに組み込んだ形で貸し出している。

 −PLPはどのような人々にニーズがあるか
 融資対象事業としては、花屋や菓子屋、庭師や服飾デザイナーなどバラエティーに富んでいる。これまでの融資の大半は女性向けだった。やはり、男性は従来型の融資を得て済む人が多いのだろう。しかし、現在の女性向けは52%でほぼ半々。

設立当時の1950年代、カナダでも女性が融資を受けるためには男性の署名が必要だったが、われわれはカナダの金融機関としては当時初めて女性だけの署名で女性向けに融資する制度を導入した。これは今でもわれわれの誇りだ。融資に際しては男女平等を心がけている。

 −小規模ビジネスが対象なだけに、返済が滞りがちにならないか
 仮に融資額を引きあげる時も、PLPならグループが定期的に顔を合わせているので事業の進み具合が分かり、われわれにとっても保証人である他のメンバーにとっても有効だ。これまでの融資総額は855万CDに達し、返済率も96−98%と極めて高い。

 −起業家にとってPLPの最大のメリットは
 PLPでは、銀行だけではなく同じグループのメンバーに対する責任も生まれる。しかしその一方で、異業種であっても同じ起業家であるメンバーからメンター(指南役)としてのアドバイスや励ましを受けられるなど、銀行との関係からだけでは得られないメリットを享受できる。PLPは、起業する人にとっては事業を軌道に乗せるための非常に有意義な出発の場となっている。

 −バンシティは、なぜPLPを事業の柱にしているのか
 設立から約50年余、われわれは常に地域に何かを還元することに対して強い社会的責任を抱いてきた。PLPもその延長線上にあり、地域の繁栄が保証できるのであれば、男性か女性かにかかわらず融資する。

 バンシティの設立者たちは当時、地域内で他の銀行がやってこなかったこと、つまり中小企業や個人のためのサービスを提供できる金融機関を創ろうと立ち上がった。時代や経済情勢の変化に合わせ、われわれができることを地域に提供する姿勢は今後も変わらない。

 ◇PLPは金融機関の社会的責任

 −ところで、日本では80年代以降にサービス分野の自営業が増加した先進各国の中にあって、自営業がほぼ一貫して減少した。特に、90年代に女性の起業が最も減少したのは日本だ。何故こうなったのだろうか?
 女性の能力には仕事の世界に貢献できる価値がある、という認識が広く理解されていないからだろう。また、日本は性別や待遇に関わりなく労働が同じならば同額の賃金を支払う「同一価値労働同一賃金」の原則が徹底していないことも原因として挙げられよう。

 こうしたことが日本のあらゆるレベルで理解されるには一世代分の時間がかかるかもしれないが、日本の将来にとって必要なことだ。技術面では大変進歩的なのに女性に対する意識は後進的な日本企業の”ダブルスタンダード”ぶりは、外から見ると大変奇妙に映る。同時に、女性たちもPLPのようなシステムを利用して起業したいということを金融機関に対してもっと主張すべきだろう。

 今まで男性が主導してきた経済が低迷している時こそ女性が主導権を取って経済環境を好転させる良い機会。これを実現させるためには、ジェンダー平等意識を育てる教育や人材育成プログラムに対する政策的投資が行われる必要がある。

さもなければ、抑圧されていると考える有能な女性が活躍の場を求めて海外に脱出する「才能流出」が加速するだろう。出生率が低下傾向にある中で、日本は長期的に人材喪失のリスクを負うことになる。これは恐ろしいことで、次世代への恥だと認識すべきだ。

 −起業を促す環境づくりのために、日本の金融機関に求められることは何か
 特に、大手銀行幹部の皆さんにはPLPの価値を認識してもらいたい。日本の金融業界が苦境にあることは理解しているが、大手企業に融資する資本余力をPLPに回すことはできないだろうか。または、PLPを実践する機関への寄附でも構わない。

大手行が1つでもPLPをスタートさせれば、その銀行は日本の経済環境を変化させたという強力なメッセージを社会に発信することができると同時に、収益確保だけではない社会的責任を果たせるはずだ。

 われわれは喜んでPLPのノウハウを提供している。昨年はロシアの金融機関からの訪問を受け、今年もすでにポーランドの信用組合が視察に訪れた。今春には、韓国・釜山に出向いてわれわれのPLPを説明することになっている。(了)

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