きゃりあ・ぷれす

りーだーず・ぷれす
「自分で何かをやりたい」「発信したい」と考える
『きゃりあ・ぷれす』読者による連載コラムです。
各担当者がそれぞれのテーマをに沿って、
思いを綴りながら、自らを成長させていく過程は、
共通の悩み・興味を持つ読者の皆さんにとっても、
共感を持ってお読みいただけると思います。
ご意見やご感想、質問などもお待ちしています。
みのむし さん
『これが私の生きる道?』〜山里暮らしで見えてきたこと〜
第1回
はじめまして
みなさん、はじめまして。みのむしと申します。これから、山里での暮らしや働くことについて思うことを徒然なるままに書いていきますのでよろしくお願いします。
去年、結婚以来ずっと住んでいた大阪ミナミから和歌山のとある山里に引越しました。ミナミの家は大人が暮らすにはとても便利で、地下鉄にもすぐ乗れるし、買い物も徒歩5分で市場があり、通勤時間も20分ほど。何とか末っ子を入れた保育所も自転車で5分と恵まれた環境でした。
でも、私の中ではずっと「このままでいいのかな?」という疑問がありました。子供が安心して遊べる場所がない。遊ぶのはせいぜい近くの公園。それも近頃物騒なので、親が送迎したり(ちょっと過保護?)土も虫や草もない。ススキを見たことがない我が子がなんとなくかわいそうでした。上の二人の子供はこういう環境でもちゃんと育ってるんだから大丈夫、と思う自分と、末っ子(たぶん最後の子供になるはず)だけでも、小さいころに自然の中で存分に遊ばてやりたいと思う自分。真ん中の子は喘息持ちだから、空気のいい所に住みたいな。でも、そういうところに引越したら自分の仕事(特許事務所での翻訳)は諦めないといけないな。夫の仕事はどうなるんだろう。堂々巡りのような考えがいつも頭の中を回っていました。そして、何といっても、私自身も街中での生活に疲れてきているのが大きかったのです。
いつしか、私はインターネットで、「田舎暮らし」や「Iターン」、「山村留学」というキーワードで検索しては、いろんなサイトをのぞくようになりました。そして、縁あって、現在住んでいる山里の家に引越してきました。貸してもらえる家があると聞いてから、決断するまで約1ヶ月。退職を申し出たときの上司の顔は驚きでいっぱいでした。そうでしょう。私自身も自分の決断に驚き、これからどうなるの?と他人事のように思っていましたから・・・
特許事務所での仕事の環境は恵まれていたと思います。期限は絶対に守らないといけないですが、そこを押さえておけば、ある程度融通が利きました。子供の病気で休んでも、後でがんばって間に合わせれば何とかなります。周りの方もみんな理解があり、とても優秀で、質問すればこちらが恐縮してしまうほど詳しく親切丁寧に教えてくれる。退職するときも「また戻っておいで。いつでもウェルカムよ」とまで言っていただき本当にうれしかった。そんな恵まれた環境を捨てていいのか?本当に悩みました。
急な退職、引越し、平日は夫がいない生活、と大きく生活が変化しましたが、半年が経ち、やっと落ち着いてきました。我ながら大きな決断をしたものだと思います。あんなにしたかったはずの仕事を辞め、じいちゃんばあちゃんのありがたいヘルプのない、夫とも平日は会えない暮らしを選んだのですから。お父さんが普段いない生活で子供たちは大丈夫か、末っ子はお父さんを忘れてしまうのでは・・・なんて心配しましたが、会えない分だけ週末はお父さんのサービスいっぱいで、お父さんの存在の大きさが逆に感じられるようになりました。私も、自分が仕事で忙しいときはなかなか持てなかった(ごめんなさい)感謝の気持ちを持てるようになりました。これは嬉しい誤算です。
落ち着いてくると、欲(?)が出てくるもので、これからどうしようか、と考え始めています。末っ子が保育所に入るまであと1年あるので、本腰を入れて何かをするのはそれからかな。私の性格が真面目すぎるのもあって、これまで「暮らしを楽しむ」余裕がなかったので、山里での生活を楽しみながら、自分が本当にしたいことを見つけていきたいと思っています。
それでは、今回はこの辺で。。

〜次回につづく〜